子供たちには申し訳ないが、ながらくK林の見舞をしていないので、それを兼ねて行こうと10時過ぎY子さんと出発。晴れたり曇ったり、もうひとつはっきりしない天気。
11時甲陽園着。いままで来たことがないので、すごい斜面に立っている家並みを見て驚嘆。北山公園の方を経由してゆこうかなと考えていたが、あまりの傾斜に方針変更し、真直ぐ行くこととする。
家の間を縫って登ってゆく。立派な家が多いが、こんな高いところから出勤するのは大変だろうなとつい考えてしまう。どうしても一介のサラリーマンの発想になってしまう。多分、会社経営者層が多いのだろうと勝手な解釈をする。
「右大師道」の古い石碑と共に「一番坂」の標識。「←二番坂」の表示も。古い石碑のある古い道が一番よかろうということで、右の道を辿る。何故か古道を歩くと不思議に迷わない。昔から人の通ってきた道は、自然と人が歩きやすいようになっているのではないかと考えたりする。
「大師道」という以上、真言宗のお寺があるのだろう。いや、まてよ。こんな石碑が立つほど信仰を集めた寺は、この方向には神呪寺(かんのうじ)しかない筈だ。とすると神呪寺は真言宗の寺に相違ない。いろんなことを考えながら歩いてゆく。いつの間にか高度はグンと上がって、西宮の市街が指呼の間。遠くはもやっていて見えない。
「十二番坂」の標識から山に入る。といっても簡易舗装が続いており、車の通行を暗示している。山というほどのものではなく、雑木林が両側にあるのみ。緩い登りが続く。土曜日のせいか、人通りは殆どない。右手の尾根にはゴロゴロした岩塊が山腹を埋めている。あそこもハイキングコースだなと言いつつ歩く。
峠らしいところで一息。前方木の間隠れに神呪寺の堂塔が見える。フト気がつくと、左右の樹林の中にお地蔵さんならぬ観音さんの石像が点在している。それも無数に。横穴古墳ではなかろうかと思われる石組みの中に鎮座する観音さんもある。これが道を下って樹林帯を出外れるまで続いた。ここは甲山に関係なく、これだけ巡っても結構面白いのではないかと思われたことである。
すぐ神呪寺門前である。放生池がある。茶店がある。山門の左右には仁王さんと思いきや、毘沙門天(と思ったが如何に?)。草履、わらじのたぐいが奉納されているところを見ると、足の病に霊験あらたかなのか、それとも老後足が丈夫でありますようにとの願いからなのか。
灯篭そのほか奉納されているものに江戸時代のものが多い。丁石があったことといい、庶民の信仰が厚かったのだろう。やはり思った通り「遍照金剛」の石碑があり、真言宗の寺であることを確認(帰宅してからガイドブックを見たら、淳和天皇の妃が弘法大師に従って出家し、勅願によって建立されたとあった)。
Y子さんはここでひとしきり願かけ。本堂のたたずまいが何故かふと岡寺をおも起こさせる。真言の寺に共通点でもあるのだろうか。しばしあって右手のお稲荷さんのところから山にとりつく。
よく整備されたつづら折れの道で、階段状に土止めをし、石を埋め込んであり、鉄製の手摺りが完備。ゆっくり登るので、全然苦しくない。
そうこうしているうちに頂上に着く。ほとんどしんどいと思う間もなかった。それもそのはず、神呪寺で既に標高約200mはあり、標高差せいぜい100m位しかないからだ。同じ裏山でも勝尾寺とはエラい違い。
頂上はちょっとした学校のグラウンド程度はあるひろびろとした台地。一部芝生が生えているものの、ほとんど粘土質の湿った土で蔽われている。歩くと靴の裏に泥がべっとりとくっつく。中央に平和記念塔がある。風が激しい。ほぼ360°の展望。六甲最高峰(パラボラのあるところ)をバツクに写真をとる。あとでよく考えれば自分のを撮ってもらうのを忘れた。チーズ、チョコパイ、蜜柑を食べ、熱いお茶を飲む。
下山は西の北山貯水池に下るべく降りかけたが、少し行くと道がはっきりしなくなった。スカート姿のY子さんに工合悪いかと、もと来た道を降りようと引き返す。ところが途中、木の幹に赤ペンキで下向きの矢印がついていたので、これは道だと直感、降りることにする。
さあ、ところがどっこい、ここはまともな道ではなかったのだ。降りても、降りても傍の潅木や草の根っこをつかまないと数十メートル滑ってしまう。少し降りたところでY子さんに「どうやらこのまま下へ行くらしい。戻るなら今だ。どうする?」考えた末「しょうがない、このまま行こう」。
君について行こうではないが、降りることとする。ボーイスカウトたちがつけたのだろうか、ビニールテープがところどころそばの木に巻いてある。さっきの赤ペンキもどうやらその類らしい。
しがみつき、すべりながら半ば必死で降りる。標高差100メートルでよかった。これがもっとあったら大変だったろう。少し傾斜が緩くなったと思うと、神呪寺の西側、倉庫のようなところへ出た。金網を伝ってゆくと石仏の後ろへ出た。「失礼」と断って前へ回ると、何と「この道はここで行き止まり」の表示。思わず笑ってしまう。“何処を俺たちは歩いて来たのだろうか”と。
元の道を引き返す。甲陽園駅前でお見舞を買い、苦楽園から歩いてK林家へ。
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