ㅤ志賀高原逍遥  平成4(1992)年8月8日ㅤ

   

深夜2時までおしゃべりに引きずり込まれて、8時の食事ギリギリまでぐっすり。昨夜のディナーも素晴らしかったが、朝食もうまい。焼きたてのパン数種類に手造りジャムとマーマレード、グリーンサラダにフルーツたくさん、牛乳、フレッシュジュース、コーヒーとまさに盛り沢山でうれしくなり、ついつい腹一杯食べてしまう。朝食の席には夜行バスで駆け付けたM武さんの姿も見える。ほとんど寝られなかったとぼやきながら。
 食事後、志賀石の湯ホテルのご好意によりご主人の運転するマイクロバスで出発。一路横手山を目指す。実は今日のコース決定に昨夜激論(?)が闘わされた。事前案内で四十八池めぐりを予告したミスター前窪が当初案を主張、去年たまたま同所へ行った3人が横手山へ行きたいとして1時間ほど結論が出なかった。“造反組”という言葉も出たりしたが、結局バス便を調べて、ということで、まず横手山に行き、午後四十八池めぐりをすることで決着したのであった。そして結局は、ホテルのマイクロバスのお世話になる幸運に恵まれたというわけである。

野村さんはご子息同伴で出発前求めた帽子・サングラスその他を皆に冷やかされている。空は快晴。まだ見ぬ 2,305mの眺望に胸膨らます。と言っているうちに前方に目的地・横手山が前面にリフトを連ねてくっきりとその姿を現したではないか。これが志賀高原最高峰なのである。熊の湯を過ぎて九十九折を揺られているうちに、ほどなく「のぞき」に到着。ここは車道の展望台にもなっている。

かえりみれば、まず目の前に特異な形を持つ笠岳が周囲を圧してそびえ、遥か彼方、西から西北方面に北アルプスや北信濃の山々が残雪を頂いて連なる。山名の同定にひとしきり花が咲く。
 

ここから斜面をスカイレーター(歩いてはいけない動く歩道)で静かに登ってゆく。横手山へはもっと下からリフト3基があるのだが、夏場観光客用としてのスカイレーターは、相当上がった「のぞき」からこの二つ目と三つ目のリフトの乗換え点に上がってゆくのだ。ニッコウキスゲやアザミなど色とりどりの花が乱れ咲く中、眺望を楽しみつつまもなく乗継点に到着。
 見ているとスカイレーターは一旦停止してから下に向かって動きだし、下りの客が降り始めた。ワンウエイとはまあのんびりしたものではある。

ここからリフトに乗る。急傾斜である。振り向くと笠岳がだんだんアルプスの下に沈んでゆく。よくみればこの周辺はゲレンデらしきものは見当らない。まさに観光用の交通機関であることがわかる。

頂上着。早速展望台に飛び出して眺望を楽しみ、記念写真をとる。ひとの見ていない反対側を見ると、白根火山とおぼしき白茶色の山肌が南方に見える。展望台直下はガレで、砂防ダムがあちこちに築かれてあり、土止めの草が植えられている。
 

すぐそばの横手山頂ヒュッテではパンを焼いて売っているではないか! 1個ウン百円と下界の倍ほどの立派なお値段である。パンを買う人、ワイン(これもひとにぎりほどの小瓶で400円!)を飲むひと、様々である。しかしワインは味がもう一つという感想であった。

ややあって今度は渋峠方面への下りリフトに乗る。左側が工事中である。聞くと4人乗りリフトの工事だそうで、完成の暁にはこの2人乗りリフトは取壊されるのだろう。だんだん“文化的”になってくる。

前方白根山方面にガスがかかり、やや曇りっぽくなってきたところで、長野/群馬県境の渋峠に降り着く。1軒の建物が長野/群馬両県にまたがっている渋峠ヒュッテをはじめ2軒のホテルがある。まだ10時半だよ!

当初予定通り熊の湯=硯川(実は硯川バス停の下が熊の湯なのだが、ほとんど続いており、境界ははっきりしない)で昼食。11時では昼食など入るわけがないとボヤきつつ、ほとんど全員が山菜そば(山菜とは名ばかり。ゼンマイだけが山菜だったそうな)を注文。それも残したひとがいたりして、前途は大丈夫かな? 乃公はM武さんとカレーを平らげる。

12時、サマーリフトで前山に登り、四十八池を目指す。

渋池を過ぎると道は本当の山道(とはいってもほとんど平坦)になる。苔が多く、熊笹が繁茂する中、かんば、とうひなど寒帯系のいわゆる高山植物が、あるいは立ち枯れ、あるいは他の木と合体し、またあるいは孤高を保っていきいきとしている。総じて針葉樹の多い森にかかわらず、道が暗くなっていないのはすばらしい。だいたい杉、檜の植林でまっ暗な山など大嫌いだ。

約半時間で突然四十八池に飛び出す。池とはいい条、高原湿地帯であり、それがゆるい段々畑状にいくつかに分かれているものである。水芭蕉は5月に花を付けたあとであったが、名も知らぬ花々が目を慰めてくれる。何よりも、山の中にこういう別天地があるとはまさに奇跡的としか言いようがなく、これ以上人手を加えてほしくないものである。

しばらく逍遥し、記念写真をとったあと、ミスターが「W地君、志賀山に行ってくるか」と聞くので「皆さんと同行します」と答える。そこでさらにミスターがみんなに大沼池と志賀山を説明して、このまま帰るか、それとも大沼池か、もしくは志賀山か問うたところ、7人vs7人となり、志賀山神社の鳥居のところで別れる。

前窪夫妻、寺本夫妻、渡辺、K室、N原の7人は往路と同じ道を通って帰路につき、S谷、野村、H科、M武、K川、O下そして乃公の7人が志賀山を目指すことになる。

まず、裏志賀山。尾根道にでてしばらく登ったところで振り向くと、四十八池が見える。オヤ、あれは帰り組ではないか。早速ヤッホー合戦が始まる。「○○さーん」「××くーん」の交歓ののち、突如野村さんが大声を張り上げ「stanfron teate!」とオーソレミオをやったものだからみんな大喜び。志賀山一帯を三大テノールの世紀の競演があったカラカラ浴場か何かと間違えてるという声もあったが、本人はいともまじめに「最高に気持ち良かったよ」。あとで聞くと、帰り組は池の遊歩道にある木製のベンチでしばらく寝っころがってから帰路についたそうな。ひょっとしたら野村さんの歌声に当てられたのかも・・・・

後から若夫婦が小さい女の子の手を引いて上がってくる。最後尾だったので見るともなしに見ていたら、しょいこをしょった母親が「○○チャン、おんぶする?」、すると「おんぶし・な・い!」。そのくせ父親の手にほとんどぶらさがり、引っ張りあげられていたのだが。思わず笑ってしまう。でも元気だったネ。2歳半だとか。

そうこうするうちに裏志賀山頂上に到着。2,040m。ここで親子連れをやり過ごし、お茶(乃公の仕入れていったウーロン茶2本がすべてだったとは!)を回し飲みする。しかしここは場所的にどうみても中途半端。倒れている道標も「裏志賀山(行き止まり)」で、地図をみても行き止まりの方に志賀山神社があり、どうやら向う側に大沼池も見えそう。

で、先発として独行。ヤヤッ大沼池が見えるではないか。皆を呼ぶ。

更に歩を進めると志賀山神社の小祠があり、お賽銭なしで敬意を表する。その向こうで大沼池の全容が見えた。強酸性の池とのことだが、コバルトブルーの静かな湖面から、うっそうとした森林帯を経て四十八池までの景観を飽きることなく賞でる。でも池をバックに写真を撮るとなると、すぐ後(池側)が急斜面のため、キャーキャーの連続で一騒ぎ。

再び出発。どんどん高度を下げるではないか。こんな損なことと思っているうちに鞍部着。と見る間に左手からガスってくる。すごいスピード。誰か曰く「ここで遭難するの」。するとまた誰かが「今から非常食を買いに行ってくるワ」。こんなに脳天気なのが揃っているとは思わなかった。
 左手に小さな丸い沼が見える。ガイドにある「鬼の相撲場」か。もっともこのようなのは志賀山への尾根道であと3〜4つ見えたので、どれが本物かよくわからない。いずれにしても、形は旧火口のようだ。

裏志賀山と同様、両手を使って登るうちに頂上到着。2,035m。×印のついている標識にケルンを積んで“再訪の誓い”を交わす。オヤ、少し左に回り込んだところに方位板があるではないか。どっちが本当の頂上なんだろう。しかし、そんなことで悩む人はいないのがうちのメンバーの最大の長所。ここでも手の叩き合いに興ずる。一体いくつなんだろうね、このグループの平均年齢は。

このあたりから断続的にポツリポツリとくる。こりゃやばい。しかも今行程最大の難所とおどかされてきたところだ。ミスターの話しでは鎖場まであるとか・・・・。道は雨滴を含んでますます滑りやすくなってくる。ソレ言わんこっちゃない、O下さんが尻制動をかけたやないか。だれか証拠写真を撮っておけよ。あれ、野村さんはどこへ行ったン? ずっと前と違うか。元気やねエ。ヒョウタン池があるよ。何?丸いやんか、ヒョウタン池ちゃうで。丸池やろ、違う違う、お釜池や。etc.etc....段々ばらばらになってきたさまが眼に見えるようではありませんか。

午後3時、最後の岩場(というほどのものでもないが、ま、岩)を無事おりて道はようやく平らになる。途端に元気になる人。何故か段々遅くなるカップル。世は様々である。でも天は公平に両者に雨を賜うた。
 大体山歩きは午後2時から3時ごろまでに切り上げよとよく言われるが、天気の変わりやすい山の気候をよく言い当てている。台風のせいもあろうが、今日もどうやらそのパターンであろう。
 往路との分岐点あたりから雨がしっかり降って来る。ウインドヤッケが大半だったが、それもなくて、傘をさしているO下さんは準備がよかったというべきだろうか。もはや皆黙々と歩くのみ。乃公はといえば、せっかく持ってきたレインスーツを宿に置いてきて、結局持っていた渡辺さんのウインドヤッケのお世話になってしまった。無様(ぶざま)この上なし。
 渋池のところに右折の指示があって、「ひょうたん池、木戸池方面」とある。「さっきの、なにがヒョウタン池やねん」。またかまびすしくなる。

渋池を過ぎて前山サマーリフトが見える。エライコッチャ。リフトは止まっているではないか。早速宮武さんがとんでゆく。ややあってOKサイン。やった。動かしてもらえる。ところが、です。乗場に近づくと風雨が物凄い。とくに左からの風がきつい。貸してくれるカッパ(ポンチョ)を一人で着ることができない。二人に手伝ってもらってようやく着る。更に、この強風でリフトは大丈夫なのか。しかし係のおっちゃんは Go!と言っている。行かざあなるめえ。

えいっ。瞬間うっと息が詰まった。リフトの揺れが止まらない。でも何とか下りれそう。下には熊の湯の温泉街が見える。ああやっとたどりついた。生きて帰れた(オーバー)。

硯川バス停前の、昼食をしたためたホテルの喫茶室でコーヒーにありつき、やっと人心地がつく。電話でお願いしたら、石の湯ホテルの奥方がマイクロバスで4時に迎えに来てくれた。帰館後すぐ入浴。
 充実した一日だった。皆さん、ほんとにありがとう。楽しかったよ。