♣ “DGOB34会米寿祝会” ♣
例外的に元気な輩は元気なのだが それ以外は矢張りというか 齢相応に爺ィになる 爺ィになるということは(言葉がもう一つだが)老いさらばえるということである 救われることもある ツーと言えばカー 「ホレホレ」とか「アレ」とかいう言葉が タイガースの監督並みに神通力を発揮する 大半が聴力の低下を嘆くが それを補って余りあるのが「ホレホレ」や「アレ」とかいう言葉である 今回の収穫はその事実を改めて確認したこと 因みに「DGOB34会」とは「同志社グリークラブを昭和34年に卒団したOBの集り」のことである も一つ因みに 我々同期は昭和30年入団時に43名いたが 途中入退団で34年卒団時には36名 そして彼の岸へ旅立った22名の後に残った14名中 今日の8名と都合で来れなかった6名が在世している と そういうわけ |
今出川キャンパス西門の更に北にできていた“新しい西門” 右の彰栄館も中央のチャペルも昔こういう角度では見た記憶がない 塔の見える明徳館も昔はもっと堂々としていた 会場は同志社寒梅館7Fにある“french restaurant will” S矢君 I垣君 特別ゲストT中さん M橋君 O内君 Yア君 Y岡君 O村君 それに乃公の9名 予定していたO友君(東京)とM田君は都合で見えなかった 残念 7F窓から東北望。遠く比叡山 中景は相国寺の寺叢 近景は同志社博遠館と良心館 宴後有志で相国寺塔頭の長得院墓地に坪井家の墓を訪ね 在りし日の彼を偲ぶ 相国寺ハス池点景 |
応接室にオーコーっぁんご来駕 | |
デントン先生の墓 |
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坪井家墓前 |
長得院門前 |
応接室近くおけいさん通りがかり | |
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応接室にヨッさんご来駕 | ||
寒梅館中庭で記念写真 |
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