♣ 独 行“大和十市・城上の式内社を訪ねて” ♣
今月来月はOB四連の練習にエネルギーの大半をとられる上に秋のマカーナのための練習が加わり、SBは9月クリオラのため抜けられないところからシャンテに7月末まで休団届を提出。だのに今月中旬には絶対芹生の谷にクリンソウを撮りに行くという悲愴なる決意をかためたあたり正気の沙汰ではないと言われそう。その上 何でこのせわしない時期に大和の式内社巡りなのか。ウーン、でもなァ、先程のTV天気予報では関西も梅雨入りしたというではないか(この項7日記述)。グッドタイミングだったのかも知れないテ。 |
|
9:56 近鉄桜井駅頭に降り立つ。 |
駅前に「大和・山の辺ルート/記紀万葉の語り部」の標識。無視して左方、春日さんへ向かう。二本の柱の間に三輪山。 |
今日の第@ターゲット・桜井市戒重に坐す春日神社。式内社他田坐天照御魂神社の論社の一。昨年1月に傍を通りかかり、同行者から「これも式内社?」と聞かれ「No」と答えて後で赤恥をかいた思い出のお社。漸くリベンジ成る。因みに当社付近は敏達天皇「訳語田幸玉宮」の跡地と伝える。10:20。 |
|
下記竹田神社“竹田神社 ・・・今三十八所社と称す”の記述が気になり、西北1kmの三十八柱神社(写真)を探すが、タブレットのGoogle Mapご機嫌斜めで諦める。 |
昨年1月訪れた殖栗神社(式内)前を通りかかり、一揖して通過。 |
一路北へ3km余り田園地帯を行く。上は麦畑と田植え直後の水田を分けて農道が伸び、遥かに二上山西望。下はこれぞ麦秋。ビニールハウスの向こうに三輪山と巻向山を東望する。 |
|
本日の第Aターゲット・白山神社。式内宇太依田神社の論社とする説がある(ので載せた)が、疑わしいという。ネット論調によれば、宇太依田神社は廃絶した可能性が強い、と。11:22。 |
|
大和川(初瀬川)を渡り、川に沿って少し遡上すると、屈曲点の堤防上に治水を記念する施設があり、名前をよく聞くお社があった。右端にその屋根が見える。 |
|
その名を市杵島神社といい、市杵島媛命を祀る。ただし当社は式内社ではない。11:41。 |
|
再び麦畑の中を南進する。振り返れば西北方向に生駒山。 |
|
今日の第Bターゲット・天満神社。式内目原坐高御魂神社の論社の一。所在地の近くに眞目原と称される所があるということで有力視されている。今日唯一、勧請吊が社頭に下がったお社。 |
|
次いで一息つく間もなく本日の第Cターゲットへ。12:22着。 |
|
式内 竹田神社。竹田神社(たけだのじんじゃ) 東竹田村にあり。今三十八所社と称す。〔神名帳〕に出づ。 境内にいろんな末社や石碑がある。が、よくわからないまま。 このお社から寺川沿いに東南方約2km地点に三十八柱神社が坐すのだが、関係はわからないという。同じ社名のお社は北西12kmの三宅町にもあるが・・・よくわかンネェ。 |
|
拝殿向かって右に90度で相対するお堂は大日堂といい、当社の神宮寺だったという。 |
当社を出て西へ幾許もなく、既訪の式内・坂門神社。一揖通過。 |
この辺りでGoogle Map、というよりタブレットがおかしくなり、やおら真っ黒の画面に空っぽのバッテリーマークが表示され「シャットダウンしています」のコメントと共にスーッ・・・・・・・。フルチャージ状態で持ち出した筈なのに、3時間弱の稼働でヘタるとは何じゃコリャ。『ご主人様、そろそろお暇をさせて下さいませ』という訣別の辞と見たは僻目か。 |
|
そして本日最終(D)ターゲット・式内 十市御縣座神社到着。12:50。十市御縣坐神社(とをちみあがたにいますかみのやしろ) 十市村にあり。今十三社と称す。〔神名帳〕〔三代實録〕に出づ。因みに「御縣」とは朝廷献上用の新鮮な蔬菜(甘菜、辛菜)を栽培した集団で、大和には6ヶ所あったという(添、山邊、磯城、十市、高市、葛木)。 |
|
十市橋を渡ってまもなく遅昼をと飛び込んだ“ごはんや”で注文したカツ丼が「小」でごはん量お茶碗2杯と聞かされ、それを少し減らして貰ったが、何とか食べ終えた時点でため息が出た。「極小は無いのンカイ」と思わず独り言ちってしまった。でも完食して店員のお姉ちゃんに拍手して貰った自分を褒めたい。 そのあおりでもなかろうが、R24を南下していて新ノ口駅への右折点が判らず、通りがかりの人に聞いたら黙って右後ろを指さされた。行きすぎていたのだ。こういうときのためにタブレットを持って出たのに、ナァ。 |
|
写真は少し前後するが、ルートマップで確認したところ、今日は大和川(初瀬川)を2回、寺川を4回渡ったようだ。この橋は宇治橋、下は寺川、遥か三輪山。 |
13:48 近鉄新ノ口駅到着で本日予定終了。大和八木経由で帰宅する。 |
今日の総歩数 14,535歩+α  ̄|△| ̄ ルートマップはこちら |