44年ぶりのゴロゴロ岳(565.6m)  2006年3月23日

♣ 歴史ハイク“ゴロゴロ岳” ♣

サラリーマン生活3年目の春、若手同僚十人連れだってゴロゴロ岳に登った。苦楽園口から苦楽園尾根を直登し奥池へ抜けてドライブウェイを芦屋川へ歩いた。奥池ではボートに乗り、弁当を食べた。下り道は車がほとんどなく、堰堤に上がったりしながら遊び半分で歩いたことを思い出す。 →古い写真は(こちら
 今や奥池の住宅は尾根筋まで這い上がり、特にゴロゴロ岳の近くは金網フェンスで遮られ、味気ないこと夥しい。ドライブウェイも車が多くてとても歩ける状態ではない。たしかに44年という月日が経過したのだ。

西宮市指定文化財七重の石塔。寺伝では武田信玄の髪塚とか。

鷲林寺じゅうりんじ本堂。真裏に観音山が聳える。

同じく多宝塔。どなたかのサイトに二重の塔とあったが、間違いはない。三重でも五重でもないから、ね。

同じく境内から甲山を俯瞰。コントラストをきつくしてようやくこの程度。武庫平野にかかるガスが本日の痛恨事であった。

そんなこんなで観音山頂上に辿りつく。北に連なる東六甲の山並み。空はこの頃が一番晴れていた。

ピークの巨岩とピーク表示。ゴロゴロ岳にというより、ここに登ったことで本日来た甲斐があった。
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観音山から甲山と北山貯水池俯瞰

尾根道へかかるまでにこのようなアップダウンを繰り返す。

展望の利く(筈の)尾根道で昼食。こんな硬い木の芽に囲まれてローソン握り飯を食べる。

昼食場所から越えてきた観音山を望む。よく見ると右下に甲山がうっすらと見える。

同じく行く手に見えた岩場。これはそばへ行くと展望絶佳(の筈の)展望台になっていた。

やがて稜線沿い西側に人家が立ち並び、信じられないほど木々の間にビニール袋や紙くずが散乱し、その向こうにゴロゴロ岳の三角点があった。“あ、ここか”でおしまい。

ゴロゴロ岳ピーク付近

尾根道を戻り奥池への分岐点左折。ここらあたりから暗くなってくる。降水確率0%という天気予報はいったい何だったんだ?

ほどなく芦屋奥池に降り着く。待っていたように小雨が降りだした。

ここ奥池で馬酔木の花満開

最新版の国土地理院25000地形図ではごろごろ岳の標高が565.3mとなっている。(ここ をクリック)
阪神大震災で30cm低くなったという与太話がひろがっているが、案外ホントかも?