茅渟宮ちぬのみや、池上曽根遺跡  2002年3月20日

♣ 万葉を歩く“允恭天皇と衣通郎姫の愛・復元の弥生神殿” ♣

まあ和泉の国は広い。乗ったり降りたりで史跡巡りもたいへん。

JR長滝→茅渟宮址→JR和泉府中→和泉井上神社→和泉国府跡→JR信太山→池上曽根史跡公園→弥生文化博物館→JR百舌鳥→仁徳陵→JR天王寺→四天王寺(日想観)

【茅渟宮址碑】衣通郎姫は允恭天皇に寵愛されたが、皇后の嫉妬を怖れた天皇により茅渟宮に移された。その歌★♪我が夫子(せこ)が来べき夕(よひ)なり小竹(ささ)が根の蜘蛛の行ひ今宵著(しる)しも♪

【泉井上神社】神功皇后が三韓征討の際泉井上神社に戦勝を祈願したところ、一晩 のうちに霊水が湧き出した。以来この地を和泉と呼ぶようになったという。

【和泉国府址碑】泉井上神社の近くの御館山児童公園の一角にある。

【池上曽根史跡公園】池上曽根遺跡は弥生時代中期に繁栄した環濠集落。弥生時代の「クニ」のひとつであったという。

【JR信太山駅ホームにて】桜が春の到来を告げる。

【仁徳陵】大仙古墳。

【四天王寺】金堂と五重塔を西から仰ぐ。

【日想観】彼岸の中日には西門(大鳥居)に夕陽が沈む。それを極楽浄土と観想する信仰が古来行われた。

【日想観中の乃公】画像は某氏より頂戴した(氏名不詳:画像追加2019年)。