♣ 独行“北摂の式内社を訪ねて−15−” ♣
実は(今回がとりあえず最後となったのではあるが)今春目指した北摂の式内社であと何処が残っているかと調べたところ、すべて西宮市内だということに気が付く。それでルートをうまくとれば軽いものだ、ということで急に出発とは相成った。だんだん要領がよくなったと自画自賛はいいが、それやったら最初からそうしとけという話。 |
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これぞ越木岩ならぬ “甑岩”。ご神体である。 攝津名所圖會に曰く 「甑岩神祠(こしきいはのやしろ) 越木岩村にあり。祭神巨岩にして、倚畳甑の如し。此地の生土神とす。」 ここには延喜式の「え」も出てこない。つまり延喜式には「こしきいわ」さんは載っていない。ではなぜ取り上げたか? 実は古来「延喜式神名帳(摂津国菟原郡)にある大国主西神社が当社ではなかろうか」という説があることからここに載せた。そういうこと。 |
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社頭の鳥居。夙川学院キャンパスを北に背負い南面する。 |
越木岩神社拝殿。“本殿”が甑岩と拝殿との間に鎮座ましましたようだが これって何? |
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拝殿の扁額は「蛭子太神宮」。 |
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甑岩背後の松。後から生えた筈の木が岩に噛み付いている。 |
湯釜の上に甑(こしき=蒸篭)を乗せた形。昔の人は想像力豊かだ。 |
越木岩神社表参道をずっと下り、こんどは東行して夙川を渡り、82号線、阪急甲陽園線をこえて満池谷を目指す。 |
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名次神社拝殿。 攝津名所圖會に曰く 「名次神社(なつぎのじんじゃ) 廣田の西、名継丘にあり。〔延喜式〕に云く、鍬靱。〔三代實録〕に曰く、貞観元年正月授正五位下。」 |
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社殿は南面だが参道鳥居は西面。南側に豪邸ができたので変更された?というのは編者の仮説。 |
名次神社本殿。 |
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満地谷のニテコ池から甲山遠望。 |
ニテコ池から少し坂を上がると「塞神社」。塞の神を祀るということから推すと、その昔ここは集落の境界だったのだろう。 |
神垣町の急坂を下るとそこはもう廣田神社の境内。ここは社叢が広大で歩き切れなかった。 |
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廣田神社拝殿。 攝津名所圖會に曰く 「廣田神社(ひろたのじんじゃ) 廣田荘にあり。〔延喜式〕神名帳に曰く、名神大、月次、相嘗、例祭七月七日。神拝あり。此日神寶を出して諸人に拝瞻なさしむ。又八月十八日を後の例祭とす。近隣四村の生土神なり。祭主は西宮より兼帯とす。」 |
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廣田神社参道南端に位置する“一の鳥居”。このお社はここから拝殿まで鳥居がない。 |
神社手前で一旦参道は西を向く。そこに位置する“結界”。これが鳥居の代わりなのだろう。 |
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廣田神社本殿を垣間見る。修祓中で立ち入り禁止。 |
境内社・伊和志豆神社。先日宝塚市伊孑志在のお社を訪ねたところだが、 「伊和志豆神社(いわしづのじんじゃ) 廣田荘中村にあり。〔延喜式〕に出づ・・・」という攝津名所圖會の記述ををみるとこちらが本家か。 |
ここから市役所通りを延々南へ歩く。阪急をくぐり、JRをくぐり、そこに阪神が見えてきたところで西宮市民会館。勝手知ったる何とやらで2階にあがりランチで遅昼。そこから改めて“えべっさん”こと西宮神社へ。 |
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西宮神社鳥居と表大門。東を向いている。 |
拝殿。1月10日「十日えびす」の福男選びで有名。 |
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境内末社として西宮神社の左側につつましく鎮まる大国主西神社。 攝津名所圖會に曰く 「大國主西神社(おほくにぬしにしのじんじゃ) 西宮市庭町にあり。西宮大神宮と稱す。〔延喜式〕に曰く、鍬靱。菟原郡に載す。」 この記述を見る限り江戸時代は「えべっさん」ではなく、この「おおくにぬし」さんが「西宮のぬし」だったみたいだ。 |
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ここからはさすがに歩くのがきつくなってきて、阪神で武庫川まで行く。下車北方徒歩5分。岡太神社は旧国道2号線沿いに鎮まる。 |
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岡太神社社頭の「従是東尼崎領/従是西尼崎領他領入組」碑。“入組”つまり領地が入り組んでいるというのだろうか。 |
小松内府・平重盛卿の九重供養塔と伝えられる。 |
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岡太神社社頭の社号標石。 攝津名所圖會に曰く 「岡太神社(をかたのじんじゃ) 門戸村にあり。〔延喜式〕に出づ。此地の生土神とす。〔攝津志〕に小松村の押照宮とするは謬なり。」 これから判断する限り、社号標石を同定・作成した並河誠所(1738没)に対し圖會の著者・秋里籬島(伝1830没)は異を唱えたということだ。 |
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よくみると狛犬ではなく阿吽の猪が社頭を守っている。「静止=猪」云々の謂われがあるみたいだが、けっこう愛嬌のある猪だった。 |
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帰途旧国道2号線をたどり武庫川をわたる。南に阪神武庫川駅。 |
岡太神社はあの大震災で壊滅したらしい。このコンクリート造2階建という珍しい形式の社殿が無言のうちにそれを物語る。 |
きょうの5社で当初予定した「北摂に鎮座する式内社めぐり」は一応完結した。しかし、もうひとつの岡田神社(廣田神社境内摂社)と伝えられるのが実は神戸女学院キャンパス内にあるものらしいこと、ホームページ開設以前に訪れたもの(岐尼神社、久佐々神社、保久良神社、佐井寺の伊射奈岐神社など)もあり、それが写真探訪の形をなしていないこと、など課題が若干残っている。 |
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