♣ Glee34歩こう会“関宿と伊勢神宮” ♣
昨夜と今朝と多羅尾の湯を満喫し、朝食をすませて今日は二班に分かれる。ゴルフ組のM橋、I垣、藤原、O村の4君は“O村がキーポイント”と牽制し合いながらスタート。残り7名は配車頂いたクラブカーでJR伊賀上野へ向かい、東海道関宿とお伊勢さんへ出発。 乃公にとって関宿は2度目。といってももう9年前になる(→ここ)。 |
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地蔵院本堂(この他あわせて三棟が国の重要文化財)。 |
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1時間1本の列車に乗り込む。相変わらず昼間の時間帯は土日の運休が続いている。金曜でよかった。 |
40分ほどで関到着。駅前は“新”国道1号線、目の前の坂をのぼると“旧国道1号線”である東海道の宿場町・関の街並みが控えている。 |
街並みの風景は9年前と殆ど変わっていない。 |
ここ開雲楼は関を代表する芸妓置屋であったという。二階の凝った手摺が特徴的。 |
関神社(右は拝殿)。江戸時代には熊野三所大権現、明治初期には熊野皇大神社と呼ばれていたという。境内に梛の木があり熊野速玉大社(新宮)もしくは熊野坐神社(本宮)を勧請したものか。 |
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延命寺の山門は旧川北本陣のものを移築したという。 |
関まちなみ資料館。道修町では「揚げ店」と呼んでいたものが店先にあり、ここでは“ばったり”というのだそうな。 |
関を代表する旅籠の一つ、鶴屋。千鳥破風が一時脇本陣をつとめた格式を示すのだという。 |
ここ「眺関亭」は新しい施設だがよく考えられている。通りからは見えないがからここから街並みを見下ろすことができる。 |
関宿を代表する大旅籠・玉屋。「関宿旅籠玉屋歴史資料館」として使われている。右は旅籠の番頭。今で言えばさだめしフロントか。 |
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銘菓「関の戸」を販売する深川屋。店名より製品名で通っている。その店頭の立派な庵看板。瓦屋根付きだ。今春訪れた大宇陀にもあったなァ。 |
関郵便局前。左の方に高札場があるのだが写真のターゲットを間違えてしまった。画面中央の黒い箱は「書状集箱」。右下の石標柱は「関町道路元標」。 |
関宿一の名所・地蔵院。俗謡 「関の地蔵に振袖着せて奈良の大佛婿に取ろ」 で有名。 |
地蔵院の築地塀には内側に地蔵数体を安置するアルコーブが設けられ、反対側(表)には五本の定規筋が入っている。 |
関駅ホームから満開のコスモス畑を望む。「関→津」という印刷費の安そうな?切符を買って一路津へ。 |
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近鉄に乗換えて松阪経由宇治山田。ああややこし。なおYア君は都合でこの途中帰阪の途に着く。 |
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1931年竣工の宇治山田駅舎。昭和初期の名建築と評価され、駅舎本屋は国の登録有形文化財。(と、ものの本に書いてあった) |
訳のわからんタクシーに拾われて(拾ったのではない)内宮前に着く。宇治橋の鳥居を背に記念写真。 |
伊勢神宮内宮(正式には皇大神宮)正面の石段。森厳という言葉がピタリ。 |
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おはらい通りの赤福本店。宝永4年(1707)開業という。 |
ここで赤福餅3個を賞味しました。お茶付きで280円也。ここが本店だという思い込みからかも知れませんが、美味しく頂きました。 |
おかげ横丁。乃公はここでお土産を買いました。 |
おはらい通りに戻る。あとは「乗合自動車内宮前驛」から宇治山田へ戻るがここからはビクビクのし通しだった。 |
このころから雨になり、大阪到着時は本降りだった。 |
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