比叡の山名の由来は、@夏でも寒い「冷え」の山、A比良山の枝山で「比枝山」、B日迎え(ひむかえ)の転訛 などの説があります。 しかし私は古事記上巻に「大山咋神、亦の名は山末之大主神。この神は近つ淡海の国の日枝山に坐し、また葛野の松尾に坐して、鳴鏑を用つ神なり。」というくだりがあり、地名山名は漢字を当てはめる以前から存在したものであろうことから、「冷え」からという説明をとりたいと思います。 日吉神社も今は「ひよしじんじゃ」ですが、東西本殿の形式を「日吉造」、これを「ひえづくり」と称することから、「ひえ」の読みの方が古いことを窺わせます。 |
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竹林院わきの天を摩する紅葉。 |
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坂本駅から日吉大社への道すがら青空に映える紅葉。 |
坂本ケーブル”福”号。(もう一つは”縁”号) |
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ケーブル頂上の比叡山駅舎は国の重要文化財。 |
頂上駅から琵琶湖大橋、遠く沖ノ島・長命寺山方面を望む。 クリックで拡大すると右奥に伊吹山らしき姿が・・・。 |
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頂上駅から北方比良連山を望む。 クリックで蓬莱山と打見山が拡大 |
弁天堂。 クリックで拡大 |
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明王堂。 |
玉野院から近江大橋を望む。 クリックで拡大 |
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榧(かや)の巨木がそこここにあるが巨大すぎて写真になりそうにない。ふと見上げたらここも紅葉であった。 |
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つばき。内側の花弁が珍しい。クリックで拡大 |
紀貫之卿墳墓標識。ここから五丁の登り。ご遠慮申し上げる。 クリックで碑面拡大 |
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まむし草の実。クリックで拡大 |
「浄刹結界趾」。比叡山への道に必ずあるという。「女人結界」と同義らしい。クリックで碑面拡大 |
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坂本へ降りついてホッとする。目を上げると眼前に”近江富士”三上山 |
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日吉大社独特の「山王鳥居」。仏教の胎臓界・金剛界と神道の合一を表しているとされる。 クリックで拡大 |
西本宮楼門(国重要文化財)。 |
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大宮川にかかる大宮橋(国重要文化財)。 |
東本宮本殿(西本宮本殿とともに国宝)。 |
日吉山王社(ひゑさんわうのやしろ) 坂本の村にあり。舊傳云。天智天皇の御宇に御鎮座ありて桓武の延暦七年に諸社建立なれり後、三条院延久三年始て行幸。同延久四年始て神事の官幣使立られ、これより毎年四月祭礼中の申の日に定りたる。祭礼本宮七社摂社十四座也。火災(1字不明)三度ありて後に信長山門破却の時、廿一社ともに焼亡して、天正七年元のごとく建立ある。(後略) 【近江名所圖會】 (本項2018年追記) |
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大宮川畔の紅葉。まだ午後3時になっていないのに はや夕方の空気が漂う。 |
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「日吉山王大権現」の”亥年”の絵馬。山王信仰とは最澄が比叡山に天台宗を開いた折、既に比叡山の守護神としてご鎮座されていた日吉大神を「山王権現」と称する神仏習合の信仰のこと。(日吉大社のサイトを参考にさせて頂いた) |
ここ鶴㐂そばで打ち上げた。ちなみに8月の吉野はかき氷打上げだったので酒精抜き打上げはまだ続いている。という噂だ。 |
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最後に。坂本ケーブルの片道乗車券。山田天台座主白寿の折の揮毫になる「縁」と「福」の文字。 |
【2019年追記】富山さんのことだが、2001年同好会発足以降一回りも齢が上だということを気付かせない健脚振りで皆の先頭に立っていた。その氏がこともあろうに今日の“叡山下り道”で滑って尻餅をつくという珍事があった。心配したメンバーが即時帰宅を薦め、KKさんが付き添って帰宅された。今考えると富山さんの健脚参加は今回が最後だったような気がする。このとき88歳。(98歳にて没)合掌 |
今日の総歩数=17,704歩 コースマップはここをクリック 過去ログ=1985/4/28 |
応接室に木津大人ご来駕 |

行程表及び参加者
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比叡山駅
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弁天堂
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大宮川畔
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